こんにちは。
50代独身、実家暮らしのいさこです。
今回は、父がまだ認知症と診断される前のお話です。
「最近、同じことを何度も聞くようになった気がする」
「前はこんなことなかったのに」
そんな親の変化に、ふと違和感を覚えたことはありませんか?
年齢のせいだと思いたい気持ちと、もしかして認知症なのでは……という不安。わたしも、まさにその間で揺れていました。
当時のわたしは、訪問介護のヘルパーとして働いていました。認知症の利用者さんとも接していたのに、自分の父となると「まさか」と思ってしまったんです。
今ふり返ると、父の変化は大きな出来事から始まったわけではありませんでした。毎日の暮らしのなかに、小さな違和感が少しずつ増えていったのです。
この記事では、父に見られた10の変化を、実体験をもとにお話しします。
なお、ここで紹介する変化があれば、必ず認知症というわけではありません。気になる変化が続くときは、年齢のせいと決めつけず、医療機関などに相談するきっかけにしていただければと思います。
父に見られた10の変化
父に見られた変化を、先に一覧で紹介します。
- トイレの電気を消し忘れる
- 同じ話を何度もくり返す
- トイレを流し忘れる
- 洗濯物を半分だけ取り込み忘れる
- 炊飯器の操作をまちがえる
- 食器をちがう場所に置く
- お風呂で体や頭を洗わなくなる
- 几帳面だった性格が雑になる
- 自宅の前を通りすぎる
- 家族の服や下着をまちがえて着る
ひとつひとつは、誰にでも起こりそうなことに見えるかもしれません。
でも、父の場合は、こうした変化が少しずつ重なっていきました。
1.毎日の暮らしのなかで増えた「うっかり」
① トイレの電気を消し忘れる
最初に「あれ?」と感じたのは、本当にささいなことでした。
父が70歳を過ぎたころから、トイレの電気がつけっぱなしになることが増えていったんです。
それまでの父は、きちんと電気を消す人でした。わたしが消し忘れると、「電気代がもったいない」と小言を言われていたくらいです。
最初は「あー、ごめんごめん。忘れとった」と言っていた父。
そのうち「あー、そうだったっけ?」となり、しまいにはトイレに行ったことさえ忘れるようになっていきました。
それでもわたしは、いちいち指摘し続けていました。
父が認知症になるにはまだ早い。親の変化を認めたくない。そんな気持ちがあったのだと思います。
② 同じ話を何度もくり返す
父は昔の思い出話をよくする人でした。一度も実家を出たことがないわたしは、父の昔話を相当聞いてきたほうだと思います。
でも、あるとき、さっき話したばかりの内容を、まるで初めて話すかのように話し始めたんです。
「それ、さっき聞いたよ」と言うと、父はきょとんとした顔で「あれ?そうだったかね?」と笑ってごまかしました。
昔話のくり返しは、どこか微笑ましいものでした。
でも、数分前の話を忘れてしまうことには、少し怖さを感じました。介護の仕事で出会った認知症の利用者さんの姿と、重なって見えたからです。
③ トイレを流し忘れる
電気の消し忘れに続いて気になったのが、トイレの流し忘れです。
最初はたまにあるくらいでした。それが3回に1回、3回に2回と増え、気づけばほとんど毎回のように流し忘れるようになりました。
不思議なことに、流し忘れるのは決まって「小」のときだけ。
なぜだったのかは、父が亡くなった今もわからないままです。
わたしも途中から指摘するのが面倒になり、気づいた人が流すようになっていました。
2.いつもの家事ができなくなった
定年後の父は、ほとんど外出せず、家で過ごしていました。
家族が仕事や学校で留守にするあいだ、父が担当していたのは「洗濯物の取り込み」と「お米を炊くこと」の2つでした。
④ 洗濯物を半分だけ取り込み忘れる
ある日、仕事から帰って庭を見ると、洗濯物が半分だけ残っていました。
布団干しスタンドの分は取り込んであるのに、物干し竿の分は手つかず。そんなことは初めてでした。
「お父さん、洗濯物がまだ外に残ってるよ!」
そう声をかけると、父は「えっ?そんなはずはなかよ」と言いました。
庭を見て、「あら、ほんなこつ。オレ、ボケたとかな?」。
父の口から初めて「ボケた」という言葉が出て、一瞬ドキッとしました。
でも、その日はたまたまだと思い込むことで、わたしは違和感に気づかないふりをしていたんです。
⑤ 炊飯器の操作をまちがえる
夕食の支度で炊飯器を開けると、見た目は炊けているのに、ご飯には芯が残ってカタい。
父に聞くと、「3合炊いたよ。水もちゃんと3合の線まで入れた」と言います。
もしかして「炊飯」ではなく「保温」を押したのでは?と聞いても、「そんなはずはない!」ときっぱり。
同じことが何度も続き、家族で話し合いました。
でも、良かれと思ってやってくれていたことを取り上げるようで、「もうやらなくていいよ」とは言えませんでした。
結局、父がお米を炊く前に、気づいた人が準備する形に落ち着きました。
⑥ 食器をちがう場所に置く
ある日、朝の訪問介護の仕事から帰って洗面所に行くと、洗面台のシンクに父のご飯茶碗とみそ汁のお椀が置いてありました。
しかも、いつも通り水が入った状態で。
父の席のすぐ後ろはキッチンです。わざわざ遠い洗面所まで運ぶほうが不自然でした。
そのときのわたしは、心配するより「珍しいこともあるな」と笑ってしまい、写真を撮って家族に送ったほどです。
その日かぎりのことだったので、すっかり忘れていました。
今思えば、こんな小さな出来事も、父の変化のひとつだったのかもしれません。
3.身だしなみや、父らしさが変わった
⑦ お風呂で体や頭を洗わなくなる
高齢になると、お風呂をおっくうがる方はいます。ヘルパーの仕事でも、よく見てきました。
だから最初は、声をかければ入るし、まあいいかと思っていたんです。
でも、ある日、父がお風呂から出てくるまでの時間が、着替えも含めて5分ほどしかありませんでした。
しかも、髪が濡れていません。
気になってこっそり様子を見ると、父はお風呂に入ってすぐ湯船へ。2〜3分ほどで出てきました。
体も頭も洗わず、お湯につかっていただけだったんです。
子どものころ、一緒にお風呂に入ると、手足の指の間まで丁寧に洗ってくれた父。
その姿を知っていたからこそ、このとき初めて「これは、ただ面倒になっただけではないのかもしれない」と強く感じました。
⑧ 几帳面だった性格が雑になる
父は「使ったものは元に戻す」と、家族によく注意する人でした。
わたしも、ハサミを別の場所に置いては、しょっちゅう怒られたものです。
その父が、使ったものを置きっぱなしにするようになりました。
読み終えた新聞は、紙面が飛び出したまま。毎日欠かさなかったヒゲ剃りも、声をかけないとしなくなりました。洗った食器を、ちがう棚に戻すことも増えました。
もともときちんとしていた人だからこそ、その人らしさが変わっていくことに、家族は気づくのだと思います。
わたしはこのころから、父の認知症をはっきり疑い始めました。
4.場所やモノの区別があいまいになった
⑨ 自宅の前を通りすぎる
ある選挙の日、父・母・わたしの3人で、投票所の中学校まで歩いて行きました。
帰り道、いつものように先を歩いていた父が、そのまま家の前を通りすぎて行ってしまったんです。
何十年も住んでいる、両親が建てたマイホームの前を。
「お父さん、どこ行くの?」と声をかけると、父は何事もなかったように戻ってきました。
母が「家、通りすぎてたよ?」と聞いても、「いや、ちょっとな」とごまかして終わりました。
方向感覚がよく、旅行も地図で下調べしてから行く父でした。
あの日の光景は、今でもはっきり覚えています。
⑩ 家族の服や下着をまちがえて着る
ある冬の日、甥っ子が「オレのズボン下がない」と探していました。
ふと父を見ると、まさにそのズボン下を履いていたんです。まちがえないよう、わざわざ色を変えて買っていたのに。
そのあとも、姉のズボンやわたしのポロシャツを父が着ていることが何度かありました。
ふり返ると、洗濯物を取り込んでたたむ段階で「これは自分のものだ」と思い込み、父のタンスにしまっていたのだと思います。
着るときではなく、片づける段階ですでに勘違いが始まっていたのかもしれません。
あのときは家族みんなで笑いました。
父が少し照れた顔で「同じようなものだから、わからんかった」と言っていたことも、今では大切な思い出です。
元ヘルパーなのに、なぜ気づけなかったのか
こうしてふり返ると、父にはいろいろな変化が出ていました。
それなのに、わたしはすぐに認知症を疑い、受診につなげることができませんでした。
理由は、大きく3つあったと思います。
ひとつひとつが小さな変化だった
電気の消し忘れ、洗濯物の取り込み忘れ、食器の置き場所。
どれも、それだけなら「うっかりしたのかな」で済ませてしまいそうなことばかりです。
でも、父の場合は、そうした変化が少しずつ重なっていきました。
父自身が、その場をうまく切り抜けていた
父は「忘れとった」「そうだったかね?」と笑ったり、「いや、ちょっとな」とごまかしたりしていました。
その場では、それ以上深く考えずに済ませてしまうこともありました。
家族だからこそ、認めたくなかった
わたしは訪問介護の仕事をしていて、認知症の利用者さんとも接していました。
もし他人のことだったら、「もしかして」と思えたかもしれません。
でも、自分の父となると話は別でした。
親の変化を認めたくない。まだ大丈夫だと思いたい。
そんな気持ちが、心のどこかにあったのだと思います。
受診につながったのは、思いがけないきっかけだった
こうした変化が重なり、わたしは父の認知症を疑うようになりました。
ヘルパーとしての経験からも、早めに受診したほうがいいと思い、それとなく父に話してみました。
でも、お酒が好きで頑固な父は、「自分は大丈夫」「病院なんか行かんちゃよか」の一点張り。
どう説得すればいいのかわからず、家族で悩む日々が続きました。
そんななか、父が敗血症で入院することになります。
そのタイミングで医師に相談したところ、専門の病院を紹介してもらい、検査を受けることができました。
家族がすすめても難しかった受診が、思いがけない形で実現したんです。
元ヘルパーとして、今伝えたいこと
親の変化に気づいたとき、家族にできることは何でしょうか。
わたしの経験から、3つお伝えしたいことがあります。
1.気づいたことをメモしておく
「最近、物忘れが増えた気がする」だけでは、いつから、どんな変化があったのかを説明するのが難しいことがあります。
気づいた日時や具体的な出来事をメモしておくと、受診や相談の際に伝えやすくなります。
2.本人が受診を嫌がるなら、まず家族だけで相談する
本人が「病院には行かない」と拒む場合、家族だけで抱え込む必要はありません。
かかりつけ医や地域包括支援センターなどに、まず家族から相談する方法もあります。
どう話を切り出せばよいのか、どこに相談すればよいのか、専門家と一緒に考えてもらうことも大切です。
3.ほかの病気で受診するときにも、気になる変化を伝える
父の場合は、敗血症で入院したことが、専門の病院で検査を受けるきっかけになりました。
もちろん、必ず同じように進むわけではありません。
ただ、別の病気で受診するときにも、物忘れや生活上の変化について医師に伝えておくと、相談につながることがあります。
まとめ|小さな違和感を、気のせいで終わらせないために
父に見られた10の変化は、ひとつひとつを見ると本当に小さなことでした。
でも今ふり返ると、どれも、父の変化に気づくきっかけになり得る出来事だったと感じています。
「ちょっと変だな」
「前なら、こんなことなかったのに」
もし今、親の様子にそんな違和感を覚えているなら、すぐに認知症だと決めつける必要はありません。
ただ、年齢のせいだからと片づけず、気づいたことを記録したり、医療機関や相談窓口に話してみたりすることはできます。
わたしも、父の変化をもっと早く誰かに相談できていたら、違ったことがあったかもしれません。
この記事が、同じように悩んでいる方にとって、親の変化を見つめ直すきっかけになればうれしいです。


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