父の入院で認知症の症状が目立つように|救急搬送から退院までの3週間【介護体験記】

父の介護記録
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こんにちは。
50代独身、実家暮らしのいさこです。

父は82歳で亡くなるまで、約5年間、認知症を患いながら自宅で暮らしていました。その認知症がはっきりわかったきっかけは、77歳のときの突然の入院です。

入院する前から、父には「もしかして認知症?」と思うような小さな変化がありました。でも、この入院をきっかけに、父はまるで別人のようになっていきました。

この記事では、救急搬送から、病院を抜け出して強制退院になるまでの約3週間をまとめます。親の急な入院は、ある日突然やってきます。わたしの経験が、備えのヒントになればうれしいです。

ある朝、父がベッドから動けなくなった

2019年のある朝。起きる時間になっても、父はベッドから動けませんでした。片足だけベッドから落ちて、目はまばたきしているのに、呼びかけに反応がありません。

足を戻そうと触れたとたん「痛い痛い!」。でも、どこがどう痛いのかは話せない状態でした。父を動かすこともできず、救急車を呼びました。

救急隊員の方が熱を測ってくれて、初めて39度以上あるとわかりました。母もわたしもあわてていて、熱を測ることすら忘れていたんです。

「かかりつけの病院はどこですか?」と聞かれましたが、持病のない父にはかかりつけがありませんでした。急なことでどこがいいかもわからず、自宅から近い病院に搬送してもらうことに。この選択を、あとで大きく後悔することになります。

診断は「敗血症」と「肝機能障害」

検査の結果、父の病名は「敗血症」と「肝機能障害」。2週間(あくまでも予定)の入院になりました。

肝機能障害は、正直「やっぱり」と思いました。定年後、父は毎日お酒を飲んでいたからです。しかも朝から。お酒の飲み方については、何度も家族でケンカしました。

CT検査では、前頭葉の委縮と、脳の細い血管が詰まる小さな脳梗塞(ラクナ梗塞)があるとも言われました。定年後は健康診断も受けず、病院に行かない生活だったので、誰も気づいていなかったんです。

わたしは介護福祉士の資格を持ち、ヘルパーとして働いていたので、父の認知症のような症状がずっと気がかりでした。でも昭和の頑固オヤジな父を、認知症の検査に連れていくのはハードルが高すぎて、実現しないままでした。

まずは命にかかわる敗血症の治療が先です。母とわたしは入院手続きをすませ、急いで入院の準備に走りました。父はふだん肌着とパンツで寝る人だったので、パジャマもなければ、新品の下着の予備もありません。パジャマ、下着、院内用のスリッパ、ティッシュ、歯みがきセットを買いそろえ、ヒゲ剃りやタオルは家から持っていきました。

面会のたびに、父が別人になっていった

当時はコロナ前で、面会の制限はありませんでした。70歳を過ぎてもまだ働いていた母は、仕事の合間に毎日、多い日は1日2回も面会に通っていました。わたしもできるかぎり顔を出しました。

心配は現実になりました。面会に行くたびに、父が別人のようになっていったんです。

話がかみ合わないだけではありません。顔つきが、家にいるときとまったく違いました。病気だから顔色が悪い、というのとは違うんです。うまく言えないけれど、父じゃないみたいでした。家族みんなが「お父さん、なんかおかしくない?」と口にしていました。

病院に感じた3つの違和感

面会を重ねるうちに、父だけでなく、病院にも違和感を覚えるようになりました。

①汚れたままの枕カバー

黄ばんで、抜けた髪の毛がいっぱい。裏返しても同じでした。看護師さんが忙しいのはわかるので、ここはガマンしました。

②使った形跡のない歯ブラシ

入院して2〜3日たったころ、新しく買った歯ブラシが濡れてもいない、新品のままだと気づきました。家では自分で歯みがきしていた父が、入院してからは、歯をみがくこと自体がよくわからなくなっていたようです。

介護の世界では、口腔ケアはとても大事だと学びます。それからは母とわたしで夕食後に病院へ行き、せめて1日1回は歯みがきをさせるようにしました。

③検査や治療の説明がまったくない

これが一番の不安でした。毎日誰かが面会に行っているのに、どんな検査や治療をしているのか、何も知らされないんです。

面会に行くと、父はいつもベッドに横になったまま。まるで寝たきりのようで、このままでは体も頭も弱ってしまうと焦りました。

思いきって看護師さんに聞いてみると、Aさんが「ちょっと待ってください」とBさんに聞きに行き、BさんがCさんに聞きに行き…。やっと来てくれたCさんの答えは「今日は先生がもう帰られたので、また先生がいる時間に聞いてください」でした。

結局、看護師長さんから説明を受けられたのは入院8日目。担当医からの説明は10日目でした。原因を調べる検査はしてもらっていたとわかり少しホッとしましたが、もっと早く知りたかったのが本音です。

「認知症が進んでいるようなので、早く家に連れて帰りたい。退院して通院にできませんか?」と相談しましたが、熱が下がらないうちは退院できないとのことでした。

父が病室から抜け出した

入院18日目の夜7時すぎ、病院から電話がありました。父が2階の病室を抜け出し、1階の外来をパジャマ姿でウロウロしていたところを、受付の方が気づいてくれたそうです。

母とわたし、姪の3人で病院へ向かいました。迷惑をかけたことをお詫びして病室に入ると、父は穏やかな顔でベッドに横になっていました。

「お父さん、病室を抜け出したんだって?」「おうちに帰ろうとしたの?」と聞いても、返事はありません。自分が抜け出したこと自体、わかっていないようでした。

やっぱり認知症の症状が出ているんだ。そして、入院による環境の変化も影響しているのかもしれない。そう感じました。

その夜、病院はベッドの下にセンサーマットを敷いてくれました。これでひと安心…と思ったのですが、事件は次の日に起こります。

翌日、病院の外の道路を歩いていた

翌日の日曜日、病院から母に電話がありました。父が自分で点滴を抜いて病室を抜け出し、病院から50メートルほど離れた道路を歩いているところを保護された、という内容でした。

センサーマットは鳴らなかったそうです。看護師さんたちが仕事中、マットをまたいで歩いているのを見て、父も無意識にまねしたのではないか、とのことでした。

そして主治医から退院の指示が出ました。敗血症の熱は下がってきたけれど、肝臓の数値はまだよくないので、週2回点滴のために通院するように、と。

仕事から帰ると、父はいつものソファに穏やかな顔で座っていました。迎えに行った母と姉は穏便に済ませてきましたが、わたしは納得できませんでした。

もし道路で転んでいたら。車にはねられていたら。そのまま行方不明になっていたら。父の命が軽く扱われたように感じて、悔しくて悲しかったです。あれだけ退院を相談しても許可が出なかったのに、抜け出したとたんに退院の指示が出たことにも、モヤモヤが残りました。

それでも、家に帰ってきた父の顔を見たら、無事でいてくれたことがただありがたかった。最悪の事態にならなくてよかったと思うことにしました。

元ヘルパーとして、今伝えたいこと

あのときの経験から、親が元気なうちに準備しておけばよかったと思うことが3つあります。

  1. かかりつけ医を決めておく:救急車で「かかりつけはどこですか?」と聞かれたとき、答えがあれば搬送先を選ぶ手がかりになります。持病がなくても、健康診断や風邪のときに通う医院を決めておくと安心です
  2. 入院中は、説明を聞く日時を家族から相談する:わたしたちは「聞けばわかるはず」と待ってしまいました。面会のたびに看護師さんをつかまえるより、「先生から説明を聞ける日時を決めてほしい」とお願いしたほうが、きっと早かったと思います
  3. 認知症が気になるなら、入院中に医師に伝えておく:環境の変化などをきっかけに、混乱や症状の変化が見られることがあります。家での様子を伝えておくと、入院中の対応や、その後の受診につながりやすくなります

父の場合も、入院中に認知症のことを相談していたことが、このあとの専門病院の受診につながりました。

まとめ

ある朝突然始まった父の入院は、たった3週間で、家族の暮らしを大きく変えました。そしてこの入院をきっかけに、父の認知症ははっきりと表に出てきました。

退院後、父は脳神経内科で認知症の検査を受けることになります。続きは次回、「認知症と診断されるまで」の記事でまとめています。

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