こんにちは。
50代独身、実家暮らしのいさこです。
敗血症で入院し、病院を抜け出して強制退院になった父(当時77歳)。入院前から気になっていた認知症の症状は、入院をきっかけにはっきりと表に出てきました。
この記事では、父が認知症を確信させる言葉を口にした日から、脳神経内科での検査と診断、かかりつけ医の変更、そして薬を飲み始めてから感じた変化までをまとめます。
入院から退院までのいきさつは、父の入院で認知症の症状が目立つように|救急搬送から退院までの3週間で書いています。
認知症を確信した、父の涙
入院前の父の変化は、同じ話を何度もする、話がかみ合わない、といった程度でした。でも入院中、これは認知症だと確信する出来事がありました。
母と面会に行くと、父が険しい顔をしていました。ここからは熊本弁の会話です。

どうしたと?

オレはやめたいて言いよっとに…

は?なんばやめると?

○○会社を辞めたかとに、辞めさせてもらえん…

なんば言いよっとね、あんたはもう働きよらんよ
父の目には、うっすら涙が浮かんでいました。父は今、過去に戻っているんだ。しばらくして、ようやくわかりました。
あとで母から聞いた話では、父が50代のころに勤めていた会社の事業が傾き、社員がどんどん辞めていったそうです。経理担当だった父は事務整理のために、なかなか辞めさせてもらえなかったんだとか。
当時20代だったわたしは、父の悩みなんて考えたこともありませんでした。何十年も抱えていたストレスが、入院をきっかけに今の出来事と混ざってしまったのだと思います。
入院中から医師に認知症のことを相談していたので、通院に切り替わったタイミングで、別の総合病院の脳神経内科への紹介状を書いてもらいました。
脳神経内科で受けた認知症の検査
予約の日、付き添いは母・姉・わたしの3人。家族総出です(笑)。診察室には2人までしか入れず、母の「わたしが聞いてもわからんけん、あんたたちが聞いてきて!」のひと言で、姉とわたしが入りました。
まずは家族から、数年前から認知症のような症状があったこと、入院でさらに進んだように思うことを話しました。そのあと先生が父に生活の様子を聞き、認知症のテストへ。
- 名前は何ですか?
- お年はいくつですか?
- 今日は何年の何月何日ですか?
- 今の季節は何ですか?
- 100から7を引いたらいくつですか?
自分の名前はお手のもの。でも、ほかの質問は時間をかけて考えたり、わからないときはごまかしたり、取りつくろったりする姿が印象的でした。
退院後の父は落ち着いて、入院前の父に近づいていたので、わたしは「初期の認知症かな」と思っていました。
ひっかかったのは、季節を聞かれたときです。まったく答えが出てこず、先生が「春ですか?夏ですか?…」と助け舟を出してくれました。その日は真夏で、父も半そでシャツを着ていました。なのに、父がやっと答えたのは「秋」でした。
姉と思わず顔を見合わせました。新聞をすみからすみまで読み、季節や天気に人一倍敏感だった父です。ショックでした。
先生の診断は「中等度の認知症」。初期ではありませんでした。家族が思っていたより、父の認知症はずっと進んでいたんです。
診断後、元の病院に戻されることに
病名がつき、認知症の薬が処方されました。治らない病気なのは百も承知。それでも、少しでも進行を遅らせて、当たり前の日常を続けられたらと、かすかな希望が見えました。
検査をしてくれた脳神経内科の先生はとても良い先生で、ここなら安心して通える!と思ったのですが…。入院した病院がかかりつけになっているので、薬は今後そちらでもらってくださいとのことでした。
入院中から、主治医の先生は患者や家族に寄り添うタイプではないと感じていました。認知症の専門医でもありません。でも、かかりつけを変えるのは簡単ではなく、肝臓の点滴治療もまだ続いていました。「薬をもらうだけ」と割り切って通う日々が始まりました。
ほどなく肝臓の数値は正常に戻り、点滴治療は終了。ところが、認知症の症状はむしろひどくなっていきました。薬が増えても、良くなるどころか、飲み始めてからのほうが悪化しているように感じたんです。
家族会議を開き、入院中のことも含めて全員が不安を持っていたので、「かかりつけを変えるなら早いほうがいい」で意見が一致しました。
かかりつけ医を変えた決め手は「話を聞いてくれること」
新しいかかりつけを選ぶとき、ゆずれない条件が2つありました。
- 家から近いこと:移動時間が長いと、父の負担になるから
- 病院スタッフの対応がいいこと:これから長く通うことになるから
本当は認知症の専門医がいる病院がよかったのですが、調べたところは遠くて。そんなとき姉が「前に行ったS脳神経外科は、先生はご高齢だけどやさしくて、看護師さんも親切だったよ」と教えてくれました。事前に認知症の患者でも診てもらえるか確認して、そこに決めました。
実際の先生は、父と同年代に見えるおだやかな方でした。何より、わたしたち家族の話を、ゆっくり時間をかけて聞いてくれたんです。
認知症の診察では、毎日そばで見ている家族の話がとても大事だと思います。前の病院ではそれがなく、通院に不安しかありませんでした。
薬を飲み始めてから、父の様子が変わった
ところが、父の症状はどんどん進んでいきました。薬を飲み始めてから、こんな様子が見られるようになったんです。
- 怒りっぽくなった
- 誰もいないほうを向いて、誰かと話しているようにしゃべる
- イスから突然立ち上がり、誰もいないのにお辞儀をする
- 落ち着きがなく、リビングをウロウロ歩き回る
先生に「怒りっぽくなった」と伝えると、薬の量が増えました。今ふり返ると、薬が父に合っていなかった可能性もあったのではないかと思います。認知症の症状が進んだことも考えられますが、薬を飲み始めてから様子が変わったことは、家族として気になる点でした。
薬を飲み始めてから、いつもと違う様子が見られたときは、自己判断で中止したり量を変えたりせず、医師に相談することが大切です。
この続きは、また別の記事でお話しします。
「人生、そうは問屋が卸さん!」。父の口ぐせでしたが、まさにそんな毎日でした。
要介護1でも、すぐにはサービスを使わなかった
このころには介護認定の結果も出ていて、父は「要介護1」でした。それでも、すぐに介護サービスは使いませんでした。
理由は2つ。わたしが介護の資格を持ち、ヘルパーとして働いていたので、自分の親くらい自分で介護したいと思っていたこと。そして、父がまだトイレ・お風呂・食事・歯みがきなど、身の回りのことを自分でできていたことです。
介護認定の流れは介護認定の申請方法は?父の体験からわかった手続きの流れと相談先に、要介護1がどんな状態かは要支援と要介護の違いは?介護度の目安と一人暮らしで気をつけたいことにまとめています。
元ヘルパーとして、今伝えたいこと
- 受診のときは、家族の気づきをメモして持っていく:診察時間は限られています。いつから、どんな変化があったかを書いておくと、短い時間でも先生に伝わります
- かかりつけ医は、家族の話を聞いてくれるかで選ぶ:認知症は長いつきあいになります。近さと同じくらい、家族が相談しやすいかどうかが大切だと感じました
- 薬を飲み始めてからの変化は、すぐ医師に伝える:気になる様子があれば、自己判断で薬をやめたり減らしたりせず、具体的な様子を記録して相談してください
まとめ
父の認知症は、入院をきっかけに一気に表に出て、「中等度」と診断されました。かかりつけ医を変え、薬に希望を持ったものの、父の様子はなかなか落ち着きませんでした。
このあと、わが家はいよいよ介護サービスを使うかどうか、決断を迫られることになります。



コメント