こんにちは。
50代独身、実家暮らしのいさこです。
前回の記事では、母、姉、甥、姪との5人旅のはじまりについて書きました。
今回は、母方のお墓参りで起きた「竹やぶ事件」についてお話しします。
祖父と祖母は別々の場所で眠っています
隣人へのご挨拶を終えたあと、いよいよお墓参りへ向かいました。
実は我が家のお墓参りは少し変わっています。
祖父はお墓に、祖母は納骨堂に眠っているため、毎回二か所をお参りしているのです。
祖父のお墓は、竹林の中にポツンと建っています。
そのため祖母は生前、
「わたしは近所の人たちが入っている納骨堂に入れてほしい」
と希望していたそうです。
当時はそこまで深く考えたことはありませんでしたが、今になって祖母の選択は大正解だったのかもしれないと思っています。
わたしたちは毎回、祖父のお墓へお参りしたあと、祖母が眠る納骨堂へも足を運び、お線香をあげていました。
5年の歳月で竹やぶは想像以上に成長していた
ところが、父の介護とコロナ禍が重なり、5年間お墓参りに行くことができませんでした。
昨年、久しぶりに訪れたときには驚きました。
竹が大きく育ちすぎて、人が入れないほどの竹やぶになっていたのです。
以前は歩いてお墓まで行けていたのに、もう入り口すらわからない状態。
昨年は持参した360度カメラを1メートルの自撮り棒につけて、お墓があるはずの方向を撮影してみました。
ですが、映っていたのは竹、竹、竹。
お墓らしきものは見当たりませんでした。

これは7年前の写真です。母と甥が持参したノコギリで竹を切っています。
このころはまだマシな状態。

これはお墓からの写真。人が歩く分には十分なスペースがあります。
このころまでは毎年お墓参りをしていたので、なんとか竹の浸食を防げていました。
今年は3メートルの自撮り棒でリベンジ
今年はさらに気合いを入れました。
なんと、3メートルの自撮り棒を持参。
「これなら見つかるかもしれない!」
そう期待しながら撮影しました。
結果は……
今年も竹、竹、竹。
お墓らしきものは1ミリも映っていませんでした。

※イメージ画像です。(動画ばかり撮っていたので写真を撮り忘れてしまいましたが、この画像とほぼ同じ状態でした。)
ここまでくると、竹の生命力に圧倒されるばかりです。
結局、今年も祖父のお墓を見つけることはできませんでした。
お墓を守るということを考えた
竹を伐採できないものかと考えました。
ですが母は、
「もう、そこまでしなくていいよ」
と言います。
業者に頼めばかなり費用もかかるでしょうし、素人のわたしたちが伐採するにはあまりにも大変そうです。
来年どうするのか、まだ答えは出ていません。
でも、こうして考える機会をくれた祖父と祖母には感謝したい気持ちもあります。
祖父のお墓は見つけられませんでしたが、祖母の眠る納骨堂には今年もお墓参りすることができました。
それだけでもよかったと思っています。
お墓参りは家族の歴史を確かめる時間
母はよく、
「わたしがいなくなったら、もうここはしなくていいからね」
と言います。
でも、今のわたしがいるのは、ご先祖さまたちが命をつないできてくれたおかげです。
以前は義務のように感じていたお墓参り。
けれど年齢を重ねるほど、お墓参りは単なる習慣ではなく、
「家族の歴史を確かめる時間」
なのかもしれないと思うようになりました。
祖父のお墓は今年も見つかりませんでした。
でも、祖父もきっと竹やぶの向こうで、
「また来たのか」
と笑って見ていてくれたらいいなと思っています。


コメント