PR

コロナ禍の認知症介護と父のワクチン接種【介護体験記 第2章 #14】

父の介護記録

こんにちは。
50代独身、実家暮らしのいさこです。

▶前の記事(父が徘徊した日、そして紙パンツを受け入れた日)

父の介護生活を思い出すと、必ず一緒によみがえるのがコロナ禍の記憶です。

認知症の父を介護していた時期は、ちょうど新型コロナウイルスが流行していた時期と重なっていました。

毎日ニュースでは感染者数が報じられ、外に出ることにも緊張感がありました。

今振り返っても、あのころの認知症介護は本当に大変でした。

コロナを理解できない父との生活

父に「コロナだから気をつけて」と説明しても、理解できるわけがありません。

マスクをつける意味も、手を消毒する意味も、自分ではわからない。

デイサービスに行くときはマスクが必須になり、送迎車に乗る前には消毒液で手を消毒していました。

家族が付き添って一つ一つ声をかけながら対応していたけれど、父自身が感染症対策をすることは難しかったです。

きっと、家族だけでなくデイサービスのスタッフの方々も本当にご苦労が多かったと思います。

マスクが手に入らなかった日々

あのころは、どこに行ってもマスクが売り切れでしたよね。

店頭からマスクが消え、「次はいつ入荷するかわかりません」と書かれた張り紙を何度も見ました。

しかたなく、我が家でも手作りマスクを作ることになりました。

とはいえ、わたしは裁縫が大の苦手(笑)

そこで裁縫が得意な姉が布マスクを何枚も作ってくれて、父はそのマスクをつけてデイサービスに通っていました。

今でもその布マスクを見ると、当時の不安な気持ちを思い出します。

コロナワクチン接種の日

高齢者へのワクチン接種がはじまったとき、我が家では父と母が優先接種の対象になりました。

最終的に、父も母も5回接種しました。

最初のころは予約を取るだけでも大変でした。

電話はつながらないし、予約枠はすぐ埋まるし、ようやく取れたときはホッとしたのを覚えています。

でも本当の心配は別にありました。

父はコロナそのものを理解できません。

病院に連れて行っても、

「待合室で静かに待てるだろうか」
「注射を嫌がらないだろうか」
「暴れたりしないだろうか」

そんな不安でいっぱいでした。

ところが、その心配は杞憂に終わりました。

母とわたしが一緒にいたからか、父は順番がくるまで静かに座って待ち、注射針を刺されても微動だにしませんでした。

あまりにもあっけなく終わってしまい、こちらが拍子抜けしたほどです。

苦労ばかりではなかった介護

父の介護では、振り回されることも多く、苦労をあげればキリがありません。

それでもときどき、驚くほどすんなりいくことがありました。

デイサービスの送迎車に初めて乗ったとき。

紙パンツを初めて受け入れてくれたとき。

そして今回のワクチン接種。

大変なことばかりの介護生活の中で、こうした瞬間には何度も救われました。

そして家族全員がコロナに感染した

ワクチンを打ち、できるかぎりの感染対策をしていても、流行の波には逆らえませんでした。

我が家は、ほぼ家族全員がコロナに感染してしまったのです。

感染した順番は、
・姉
・母
・わたし
・父
・甥

唯一、同居していた姪っ子だけが感染しませんでした。

それぞれが自分の部屋で隔離生活。

まさに「コロナ感染者がコロナ感染者の世話をする」というカオスな状態でした。

父の異変に気づけなかった

認知症の父は、自分から「具合が悪い」と訴えることができませんでした。

しかもわたしは先に感染して自室で隔離生活をしていたため、父のようすを十分に見ることができなかったのです。

父の異変に最初に気づいたのは、同居していた姪っ子でした。

このとき、認知症の家族を抱える不安は、目に見えないところにあるのだと痛感しました。

本人が症状を伝えられない。

こちらも近づけない。

そのもどかしさは今でも忘れられません。

回復したときの安堵

コロナが流行し始めたころは、若い人でも亡くなるというニュースが続いていました。

だから高齢の両親が感染したときは、本当に怖かったです。

「父だけは感染してほしくない」
「母だけは守りたい」

そう思っていました。

幸い、ワクチン接種をしていたこと、そして高齢者向けの薬を処方してもらえたこともあり、父も母も回復することができました。

熱が下がり、食事ができるようになったとき、心の底からホッとしたのを覚えています。

コロナ禍を振り返って

デイサービスでも感染者が出て、しばらく利用できない時期がありました。

少しずつ、でも確実にコロナの影響は介護生活の中へ入り込んできていたのだと思います。

今こうして振り返ると、あの数年間は不安と緊張の連続でした。

それでも家族で支え合い、デイサービスのスタッフの方々にも助けられながら、なんとか乗り越えてきました。

父の介護を思い出すとき、わたしはきっとこれからも、手作りマスクをつけてデイサービスへ向かう父の後ろ姿と、静かにワクチン接種を受けていたあの日の姿を一緒に思い出すのだと思います。

コメント

タイトルとURLをコピーしました