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デイサービスがくれた「家族だけじゃない」という安心感【介護体験記 第2章 #12】

父の介護記録

※前回の記事はこちら
▶認知症の父が新聞を読まなくなった日【介護体験記 第2章 #11】

こんにちは。
50代独身、実家暮らしのいさこです。

今日は、母が脳梗塞で入院していたころの、父のようすについて書こうと思います。

デイサービスが始まって感じた変化

父はそのころ、週に1回デイサービスを利用していました。

最初は「週1回だけで何か変わるのだろうか」と思っていましたが、実際には想像以上に助けられました。

デイサービスでは昼食を食べさせてもらえ、入浴も済ませて帰ってきます。

たった週1回でも、家族の負担は大きく減りました。

とくに感じたのは、体力的な負担よりも精神的な負担が軽くなったことでした。

家族だけで抱え込まなくていいという安心感

それまでは父のことを家族だけで抱え込んでいましたが、デイサービスを利用するようになってからは、介護の悩みをスタッフさんと共有できる安心感がありました。

「なにかあればケアマネージャーさんに相談できる」

そう思える環境があるだけで、心がずいぶん違ったのを覚えています。

連絡帳に書かれた父の一日

デイサービスには連絡帳があり、施設でのようすを書いてくださっていました。

利用しはじめたころの連絡帳には、
・「昼食はほとんど食べられませんでした」
・「入浴を拒否されました」

など、まだ慣れていないようすが書かれていて、家族も心配していました。

けれど2か月、3か月と過ぎるころには、
・「今日はパズルをされました」
・「体操やレクリエーションに参加されました」
・「脳トレで野菜の名前をたくさん書かれました」

という内容が増えていきました。

それを読むたびに、「父も少しずつ慣れてきたんだな」とうれしくなりました。

ちなみに父は、デイサービスから帰宅すると、その日のことをほとんど忘れていました。

こちらが「今日は何をしたの?」と聞いても、「わからん」と答えることが多かったので、連絡帳は父の一日を知る大切な手がかりでした。

忙しい中で丁寧に記録を書いてくださったスタッフのみなさんには、本当に感謝しています。

デイサービスに行かない日の父

デイサービスに行かない日は、父はほとんどテレビを見て過ごしていました。

とくによく見ていたのは『水戸黄門』と『相棒』の再放送です。

母が元気なころは、夜になると母が声をかけ、父をベッドまで誘導して布団をかけていました。

けれど母が入院してからは、その役目を家族が交代で行っていました。

母の退院が早まった知らせ

そんな毎日を過ごしていたころ、母が入院しているリハビリ病院で面談がありました。

そこで担当医師から、「思ったより早く退院できそうです」と聞かされたのです。

母がリハビリを一生懸命がんばっていたおかげで回復が早く、当初は「半年くらいかかるかもしれない」と言われていた入院が、なんと2か月で退院できることになりました。

担当医師からは「本当はあと1か月入院してリハビリを続けたほうがいい」と言われました。

わたしも正直、そのほうが母の体には良いのではないかと思いました。

それでも母の「家に帰りたい」という気持ちはとても強く、最終的に退院の許可がでました。

母が家にいてくれるだけで安心だった

わたしは母に父の介護をがんばってほしかったわけではありません。

ただ、家にいてくれるだけで精神的にどれほど支えになるかを痛感していました。

仕事に出かけるたびに、「父を一人で家に残して大丈夫だろうか」という不安が頭から離れませんでした。

だから母が家にいてくれると思っただけで、胸の奥がふっと軽くなったのを覚えています。

大きな変化はなくても支えられていた日々

こうして母が退院したあともしばらくは、大きな変化もなく日々が過ぎていきました。

けれど今ふり返ると、デイサービスという支えがあり、母が戻ってきてくれたことで、家族みんながなんとか踏ん張れていた時期だったのだと思います。

「介護は家族だけでがんばるものではなく、支えてくれる人たちと一緒に続けていくものなのだと、このころ少しずつ感じはじめていました。」

次回予告
母が退院して生活は元に戻ったように見えましたが、父には少しずつ別の変化が現れはじめていました。次回は、そのころの父のようすについて書きたいと思います。

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