こんにちは。
50代独身、実家暮らしのいさこです。
前回は、認知症になった父が大好きだったお酒を忘れてしまった話を書きました。
▶ 前の記事(大好きだったお酒を忘れた日)
今回は、認知症がすすんだ父に見られるようになった、もう一つの大きな変化についてお話しします。
父にとって新聞は毎日の楽しみでした
父は昔から新聞を読むのが大好きでした。
現役時代も毎日読んでいましたが、定年後は時間ができたこともあり、午前中いっぱいかけて隅から隅までじっくり読んでいました。
もともと視力はあまりよくなく、年齢とともにさらに見えづらくなっていました。
それでも虫メガネを使いながら熱心に新聞を読んでいた姿をよく覚えています。
家族の仕事に関係しそうな記事を見つけると、マーカーで線を引いて、
「ここを読んでおきなさい。」
と教えてくれることもありました。
当時は正直、「またはじまった」と少し面倒に感じることもありました。
でも今思えば、父のおかげで知ることができたこともたくさんありました。
わからないことは必ず調べる父でした
父は、わからないことをそのままにしておけない性格でした。
新聞で読めない漢字があれば辞書を引く。
気になる記事があれば切り抜いてノートに貼る。
国語辞典、カタカナ辞典、ことわざ辞典。
この3冊はいつも手の届く場所に置いてありました。
わたしは以前、「父には趣味がない」と書いたことがあります。
でも今思えば、それはちがいました。
父にとって新聞を読むことが趣味だったのだと思います。
毎日新聞を読むことが生活の一部になりすぎていて、趣味だとは気づいていなかっただけでした。
わたしにとっての読書と同じような存在だったのかもしれません。
新聞を読まなくなった父
そんな父でしたが、いつごろからか新聞をほとんど読まなくなりました。
以前は朝一番にポストへ新聞を取りに行くのが父の日課でした。
ところが、ある日から新聞を取りに行かなくなったのです。
最初は、
「今日はたまたま忘れたのかな?」
そう思いました。
「お父さん、新聞忘れてるよ。見ないの?」
そう声をかけると、
「あー、そうだった。忘れとった。」
そんな返事が返ってきました。
そのころはまだ、「忘れっぽくなっただけかな」と思っていました。
読んでいるようで、読めていなかった
やがて父は、目の前に新聞があれば広げるようになりました。
でも、ただページをめくるだけ。
文字を目で追っているようすはありませんでした。
あんなに新聞が好きだった父が、読まなくなってしまった。
不思議に思っていましたが、今ふり返ると、文字や文章を理解することがむずかしくなっていたのだと思います。
それでも新聞を手に取り、一枚一枚めくっていく。
長年続けてきた習慣だけは、父の中に残っていたのでしょう。
認知症になっても、忘れてしまうことばかりではない。
体に染みついた習慣は残ることがあるのだと、父の姿を通してあらためて実感しました。
父が亡くなるまで続けたこと
父は携帯電話もスマートフォンも持っていませんでした。
父にとって新聞は、唯一の情報源でした。
だからわたしは、父が家にいる間は新聞だけは取り続けようと決めました。
たとえ読めなくなっても。
何十年も続いた新聞の購読は、父が亡くなったあとに解約しました。
新聞を読む父の姿はもう見られない。
そう思うと、少し寂しい気持ちになりました。
次回は、母が入院していたころの父と家族のようすを書きます。半年かかると言われた母のリハビリが、思いがけず2か月で退院できた理由にも触れたいと思います。


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