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母が入院中、家族みんなで父の介護を支えた日々【介護体験記 第2章 #09】

父の介護記録

母がいない介護生活、再び

こんにちは。
50代独身、実家暮らしのいさこです。

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母が脳梗塞で入院し、また母がいない生活がはじまりました。

とはいえ、このころの父はまだ要介護1。

トイレも自分で行けていましたし、一日中付きっきりという介護ではありませんでした。

もちろん大変ではありました。

でも今ふり返ると、このころはまだ序の口。

このあと待っていた介護に比べたら、まだ余裕があったんだなと思います。

デイサービスのお風呂が本当にありがたかった

父は週に一度デイサービスに通っていました。

ようやく昼食も食べ、お風呂にも入れるようになっていたので、本当に助かっていました。

ただ、週に一回では足りません。

できれば週三回は入浴してほしい。

そこで残り二回は、わたしと姉が仕事から帰ってきて交代で入浴介助をしていました。

父がデイサービスに通いはじめたころは、お風呂を嫌がっていたので、週三回すべて自宅で介助していました。

それを思うと、一回でもデイサービスで入ってきてくれるだけで負担は全然ちがいます。

この一回の差が、本当に大きかったんです。

そしてこのころは、

「介護ヘルパーとして働いていてよかった」

と何度も思いました。

仕事で身につけた介助の方法が、そのまま父の介護に役立ったからです。

父は母の入院を理解できていませんでした

母は脳梗塞で、命は助かりました。

でも左半身に麻痺が残りました。

一方の父は、母が入院していることも、その理由もよく理解できていないようすでした。

認知症とは、こういう病気なんだとあらためて感じました。

コロナ禍だったから会えない

2020年。

ちょうど新型コロナが流行しはじめたころでした。

病院は面会禁止。

母には会えず、洗濯物を取りに行き、そして届けるだけ。

直接励ますこともできません。

でも母はスマホでリハビリの動画を送ってくれました。

車椅子。

歩行器。

そして杖歩行。

少しずつ歩けるようになっていく姿を見るたびに、

「がんばってるなぁ」

と胸が熱くなりました。

母を支えていたのは父への思い

あとから母に聞いた話です。

母は、

「自分のため」

というより、

「お父さんを放っておけない。」

「私が介護しないと。」

その思いでリハビリをがんばっていたそうです。

本当に母らしいなと思いました。

でも、そのことを父は知りません。

父はデイサービスにも慣れ、穏やかに毎日を過ごしていました。

家族の存在に何度も救われた

あわただしい毎日でしたが、このころも家族に助けられていました。

デイサービスの日は送迎があります。

本当なら家族が送り出したり迎えたりしなければいけません。

でもわたしも仕事で間に合わない日がありました。

そんなときに助けてくれたのが甥と姪でした。

コロナ禍で大学がリモート授業になり、家にいることが多かったので、代わりに送迎の対応をしてくれたんです。

「ありがとね。」

何度この言葉を言ったかわかりません。

家族みんなで支えていたからこそ、なんとか乗り越えられた毎日だったと思います。

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