110番騒動の夜、家族会議が開かれた
こんにちは。
50代独身、実家暮らしのいさこです。
父が母の目を盗んで110番し、パトカーを呼んでしまった日の夜。
我が家では緊急の家族会議が開かれました。
「これから先も、こんなことが続くかもしれない」
そう思うと不安でいっぱいになり、家族みんなで頭を抱えていました。
認知症は少しずつ進行している。
だけど、そのスピードにわたしたち家族の気持ちが追いついていませんでした。
甥っ子がつないでくれた意外な縁
そんな重苦しい空気の中、同居している甥っ子が言いました。
「友達のお父さんが、一度じいちゃんを診てあげるって言ってる」
最初は意味がわかりませんでした。
話を聞くと、甥っ子も祖父である父の認知症について、ずっと悩んでいたそうです。
そして、その悩みを友達に打ち明けていたとのこと。
すると偶然にも、その友達のお父さんはお医者さんでした。
友達から我が家の状況を聞いた先生(認知症専門医ではないけど)は、
「一度病院に連れておいで」
と言ってくださったそうです。
その言葉は、先が見えなくなっていたわたしたち家族にとって、まさに救いの手でした。
藁にもすがる思いで新しい病院へ
翌日、さっそく父をその病院へ連れて行くことになりました。
自宅からは少し距離がありましたが、そんなことは言っていられません。
あのころのわたしたちは、本当に藁にもすがる思いでした。
ただ、その日は仕事があり、わたしは付き添うことができませんでした。
父本人と母、そして姉の3人で病院へ向かいました。
診察を終えた先生から提案されたのは、意外な言葉でした。
「精神病院を受診してみませんか」
「精神病院」という言葉に戸惑った
紹介されたのは、自宅から比較的近い精神病院でした。
最初にその話を聞いたとき、正直驚きました。
「精神病院?」
父と精神病院という言葉が、どうしても結びつかなかったのです。
でも考えてみれば、認知症は精神症状を伴う病気でもあります。
それまでわたしは、
「認知症=脳の病気だから脳神経内科」
というイメージしか持っていませんでした。
そして今の父は精神症状が強く出ている状態。
だからこそ、
精神病院をすすめられたんだと妙に納得したことを覚えています。
それでも、自分の父が精神病院に通うことになるかもしれないという現実は、少なからずショックでした。
予約は10日後。それでも前に進むしかなかった
すぐに教えていただいた病院へ電話をしました。
受付から看護師さんへ電話が代わり、父の症状をくわしく聞かれました。
一通り説明すると、
「それはお困りですね。できればすぐにでも連れてきてください」
そう言ってくださいました。
その言葉だけでも、少し肩の力が抜けた気がしました。
ただ、病院も予約でいっぱい。
ようやく取れた診察日は、電話をしてから10日後でした。
やっと慣れてきた病院をまた変えなければならない。
次から次へと課題が増えていく。
そんな現実に、正直疲れを感じていました。
家族みんなで支え合っていると気づけた
それでも、この出来事でひとつ救われたことがあります。
それは、わたしだけが悩み、苦しんでいるわけではなかったということ。
甥っ子もまた、祖父の変化に戸惑いながら悩み、考え、行動してくれていました。
そして友達や、そのご家族まで力を貸してくれた。
認知症との闘いは、決して一人ではできません。
家族みんなで悩み、支え合いながら進んでいる。
そう強く感じることができた出来事でした。


コメント