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母不在で限界に…認知症の父と娘の介護生活【体験記⑮】

父の介護記録

こんにちは。
50代独身、実家暮らし、無職生活満喫中のいさこです。

この記事は「父の介護体験記(第1章)」です。

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母が心筋梗塞で入院することになり、仕事をしながらの父の介護と家事に追われる日々がやってきました。

幸いにも母は一命をとりとめ、数週間の入院で無事退院し、現在も元気に過ごしています。

ちなみにその2か月後、母は脳梗塞も発症し、さらにはその2年後に悪性リンパ腫も発覚するという波乱万丈な人生を歩んでいます。でも今も元気に生きています。

このときの父は要介護1で、自分の身のまわりのことは自分でできていました。(完璧とは言いがたいけど)

トイレに行く、歯をみがくといった生活する上で最低限のことです。

母のことを父にどう伝えるか、同居する姉・甥・姪と相談しました。

言っても多分理解できないから、だまっとく?と一度は決まりかけました。が…

わからなくとも父からしたら自分の妻のことで、家族の一大事なんだから、ちゃんと伝えようということにしました。

いさこ
いさこ

お父さん、お母さんが心筋梗塞で手術してね、しばらく入院することになったから。

父

あ、そうね。
(多分わかっていない)

いさこ
いさこ

お母さんしばらく家にいないから、夜は一人で寝らなんよ。

父

うん。
(一応返事はするけど、わかっていないと思われる)

父と母は、昔から一つの布団にいっしょに寝ていました。なのでこの日から父は、ダブルベッドで一人で寝ることに。

父が亡くなるまで、わたしなりに心がけていたことがあって。

認知症だから言ってもわからない、理解できないから話さないじゃなく、わからないかもしれないけど、なにごともちゃんと目を見て丁寧に説明するようにしていました。

とはいっても、イライラしてケンカしたり、強く言ったりしたことも一度や二度ではないけど💦

当時のわたしは、訪問介護の登録ヘルパーとして働いていまして、サービスが入っているときだけ利用者さんの家に行くという、直行直帰の働き方だったのが幸いしました。

サービスとサービスの空いた時間に買い物を済ませたり、父のお昼ごはんを用意したり、朝干した洗濯物を取り入れたりすることができました。

これがフルタイムの仕事だったら絶対ムリだったと思います。

登録ヘルパーは、サービスに入った分だけの時給しかもらえず、経済的にも不安定な働きかただったけど、このときばかりはその働きかたでよかったと、強がりじゃなくほんとうにそう思いました。

とは言っても、家の中で母が果たしていた役割はとても大きく、いてくれるだけで心強い存在だったので、母がいない中での父との生活は、とてつもない精神的プレッシャーでした。

つづきはまた🖐️

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