こんにちは。
50代独身、実家暮らしのいさこです。
父が70歳を過ぎたころの話です。
ある選挙の投票日、父・母・わたしの3人で、投票所になっている地元の中学校まで歩いて行きました。
いつもは車で行っていましたが、その日は天気もよく、「散歩がてら歩いて行こうか」ということになったんです。
運動にもなるし、たまには歩くのもいいよね、と。
ちなみに父は、どんな選挙でも必ず投票に行く人でした。
「選挙には絶対行かないといけない」
それが父の考えでした。
母やわたしは、正直なところ「日曜日くらい家でゆっくりしたいな」と思うこともありましたが、父に言われると結局みんなで行くことになる。
そんな感じでした。
今思うと、マジメで責任感の強い父らしいところだったなと思います。
投票所までの道は、父が先頭を歩き、後ろを母とわたしが並んで歩いていました。
父は昔から歩くのが早い人でした。
気がつくとずっと前を歩いていて、「ちょっと待ってよー」と声をかけるのも日常。
方向感覚もしっかりしていて、道に迷うような人ではありませんでした。
旅行も、事前に地図で確認してから行くタイプで、迷ってウロウロする時間がもったいないと考えるような人でした。
投票を済ませた帰り道も、父はサッサと前を歩いていました。
母とわたしは後ろからのんびり歩きながらおしゃべり。
特に変わったことのない、いつもの休日の風景でした。
「あ、お父さん先に家に着くね」
そんなふうに思って見ていた次の瞬間でした。
父が、そのまま家の前を通り過ぎて歩いて行ってしまったんです。
え……?
わたしは思わず母の顔を見ました。
母も同じタイミングでこちらを見ていて、「あれ?」という顔をしていました。
家を見落とす距離ではありません。
父と母、2人で買った夢のマイホーム。
何十年もそこに住んでいます。
なのに父は、まるで別の場所に向かうみたいに、そのまま歩いて行ってしまいました。
わたしは少し大きな声で、
「お父さん、どこ行くの?」と声をかけました。
すると父は、一瞬こちらをふり返り、何事もなかったように戻ってきました。
「ああ、ああ」みたいな感じで。
でも、なんで通り過ぎたのかは説明しませんでした。
母がやんわり、
「家、通り過ぎてたよ?」と聞いても、
「いや、ちょっとな」みたいに、なんとなくごまかして終わったんです。
その時は、「疲れてぼーっとしてたのかな」くらいに思っていました。
投票所まで歩いただけとはいえ、父も70代。
年齢的に、そういうこともあるのかな、と。
でも心のどこかには、小さな違和感が残りました。
父は、こういう”うっかり”をする人ではなかったからです。
昔の父なら、自宅を通り過ぎるなんて考えられませんでした。
帰宅後、父はいつも通りテレビを見て過ごしていました。
特に変わったようすもありません。
母とわたしは、「さっきの何だったんだろうね」と少し話したものの、その時はまだ認知症を疑うほどではありませんでした。
ただ、今ふり返ると、あれも初期のサインのひとつだったのかもしれないと思います。
認知症というと、
・大きな物忘れ
・徘徊
・家族の顔がわからなくなる
そんなイメージを持っていました。
でも実際には、「あれ?」と思うような、小さな違和感の積み重ねでした。
本人も自然にごまかす。
家族も、「気のせいかな」と思う。
だから気づくのが難しい。
父が家の前を通り過ぎて行ったあの日の光景を、わたしは今でもはっきり覚えています。



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