「炊きあがったはずのご飯が、なぜか芯の残ったまま…その”ちょっとした違和感”が、あとから思えば始まりだったのかもしれない。」
こんにちは。
50代独身、実家暮らしのいさこです。
この記事は、父がまだ認知症と診断される前のお話です。
父の担当だった家事は、「洗濯物の取り込み」と「お米を洗って炊くこと」。
今回は「お米を洗って炊くこと」で起きた出来事についてお話します。
夕食の支度をしていたとき、炊飯器のフタを開けた瞬間、思わず手が止まりました。
なんかおかしい⁉
見た目は炊けているのに、食べてみると芯が残っていてカタい。
とてもじゃないけど、ふつうに食べられる状態ではなかったんです。
最初は水の量をまちがったんだと思ったんですね。
父は視力があまり良くないので、炊飯器の目盛りが見えにくかったのかもしれない、と。
そこで父に聞いてみました。
「お父さん、お米何合炊いたの?水はどの線まで入れた?」
父はこう言いました。
「3合炊いたよ、水もちゃんと3合の線まで入れた。」
お米が炊けると、自動で「保温」になるじゃないですか。
もしかして最初から「炊飯」じゃなくて、「保温」を押してしまったのでは…?と思いました。
「炊飯とまちがって保温を押したんじゃない?」と聞いてみましたが、「そんなはずはない!」ときっぱり。
でも目の前には、芯の残ったご飯がありました。
その日は「たまたまかな」と思っていました。
ですが、同じことが何度も続くようになりました。
さすがに毎回炊き直すのも大変なので、家族で話し合うことに。
でも、父に直接
「もうやらなくていいよ」とは言いづらくて…
今まで良かれと思ってやってくれていたことを、取り上げてしまうようで、心がちょっぴり痛みました。
結局、父が炊く前に
気づいた人が先に準備する、という形に落ち着きました。
年を重ねると、こうして「できていたこと」が少しずつ難しくなっていく。
その現実を、少しずつ受け入れていくしかないのかなと感じました。
そしてこの出来事も、後から思えば”認知症のサイン”だったのかもしれません。


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