「え?どういうこと?」と笑ってしまったあの日の出来事が、あとから思えば”はじまり”でした。
こんにちは。
50代独身、実家暮らしのいさこです。
この記事は、父がまだ認知症と診断される前のお話です。
その日は、朝の訪問介護の仕事を終えて帰宅したときのことでした。
外から帰ったら、まず洗面所へ行き、手洗いとうがいをする。
それがわたしのいつもの習慣です。
その日も、何も考えずに洗面所に向かいました。
そしてーー
思わず足が止まりました。
洗面台のシンクの中に、
父が使ったご飯茶碗とみそ汁のお椀が置いてあったんです。
「え?どういうこと?」
一瞬、状況が理解できませんでした。
父は食事が終わると、必ず食器をキッチンのシンクへ持っていく人でした。
洗いはしなくても、汚れがこびりつかないように、茶碗に水を入れておくような几帳面さもありました。
なのに、その日はーー
なぜか洗面所のシンクに置いてあったんです。
よく見ると、お茶碗にもお椀にも、いつも通り水が入っていました。
もしかして、キッチンと洗面所を間違えた?
イヤ…でも、少し違和感もありました。
ダイニングテーブルの父の席は、すぐ後ろがキッチンです。
わざわざ遠い洗面所まで食器を運ぶほうが不自然です。
両手に食器を持って、洗面所まで歩いて行く父の姿を想像すると、ちょっとおかしくて、思わず笑ってしまいました。
そのときのわたしはーー
父の異変を心配するよりも、「珍しいこともあるな」くらいにしか思っていませんでした。
すぐにスマホで写真を撮り、「見て見て」と家族に送ったほどです。
ちょっとした笑い話のつもりで。
家族も深刻には受け止めず、「几帳面なお父さんにしては珍しいね」と話す程度でした。
しかも、その出来事はその日かぎり。
その後しばらくは同じことは起きず、気づけばわたし自身もすっかり忘れてしまっていました。
でもーー
今思えば、あれは確かに”サイン”だったんだと思います。
普段しないことをする。
しかも本人は、それに気づいていない。
まわりは違和感を覚えても、たいしたことじゃない、たまたまで片づけてしまう。
もしそれが他人のことだったら、「もしかして認知症かも」と思えたかもしれません。
でも、自分の父となるとーー
「まさか」と思ってしまうんですよね。


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