こんにちは。
50代独身、実家暮らしのいさこです。
今回読んだのは、韓国を代表する日本文学の翻訳家・エッセイストのクォン・ナミさんのエッセイ
『面倒だけど、幸せになってみようか』です。
出版社のサイトでの説明は以下の通りです。
村上春樹作品などを手がける日韓翻訳家が、翻訳家として、エッセイストとして、母として生きる愉快な日々を描くエッセイ集。
株式会社平凡社公式サイト
(https://www.heibonsha.co.jp/book/b668980.html)
タイトルを見たときから、ちょっと気になっていました。
「幸せになってみようか」なら、なんとなくわかる。
でも、その前にあるのが、
「面倒だけど」なんですよね。
幸せって、もっとキラキラしたものじゃないの?
そう思いながら読みはじめました。
でも、読み進めていくうちに、この「面倒だけど」という言葉が、妙にリアルに感じられるようになりました。
人生には、まだ出会っていない人との「矢印」がある
本の中で、わたしの心に残った言葉があります。
人が生まれるときに神様がくれるシナリオには、思ったより細かくぎっしりと出会いの矢印が書き込まれているようだ。残り3分の1ほどになった私のシナリオには、どんな人たちとの出会いの矢印が描かれているのだろうか。
(クォン・ナミ『面倒だけど、幸せになってみようか』より)
これを読んだとき、
「わたしにも、まだ出会っていない人がいるんだよな」
と思いました。
50代になると、なんとなく人生の先が見えてきたような気がすることがあります。
これまで出会ってきた人たち。
これまで経験してきたこと。
これから先は、今までと同じような毎日が続いていくのかな、と。
でも、考えてみれば、これからの人生で誰と出会うのかなんて、わたしにはわかりません。
ひょんなことから知り合った人が、人生を変えるような存在になるかもしれない。
何気なく始めたことが、新しい人との出会いにつながるかもしれない。
そう考えると、ちょっと楽しみになってきます。
わたしの人生のシナリオにも、まだ見えていない「出会いの矢印」があるのかもしれない。
そう思うと、これから先も、もう少し生きてみようかなと思えました。
ナマケモノを見て、自分を見ているような気持ちになる
もう一つ印象に残ったのが、ナマケモノについて書かれた部分です。
著者は、ナマケモノを見ていると自分を見ているような気になる、と書いています。
はたから見ると、出かけることなく一日中家で仕事をして自分の務めを果たしている自分と、ナマケモノを重ねて
動物であれ人間であれ、自分の価値観と違う生き方をしているからといって、否定的に評価するのは的はずれだ。
(クォン・ナミ『面倒だけど、幸せになってみようか』より)
という考えが書かれています。
これ、すごくわかるなぁと思いました。
人って、どうしても人と比べてしまいますよね。
「あの人はあんなにがんばっているのに、自分は……」
「もっと外に出たほうがいいのかな」
「こんな生活でいいのかな」
そんなふうに思ってしまうことがあります。
でも、他人から見てどう見えるかと、自分がどう生きているかは別の話。
ゆっくりしているように見えても、その人にとっては、その人なりのペースでちゃんと生きているのかもしれませんよね。
ナマケモノにはナマケモノのペースがある。
そして、人間にも人間それぞれのペースがある。
そう考えると、ちょっと気持ちがラクになります。
50代になって、「自分のペース」を大切にしたいと思うようになった
わたしも以前は、世間体とか「普通はこうするもの」ということを、けっこう気にして生きてきました。
でも、最近は少しずつ変わってきました。
「こうしなきゃ」よりも、
「自分はどうしたいんだろう?」
と考えることが増えました。
もちろん、すぐに答えが出るわけではありません。
迷うこともあるし、何かを始めるのだって面倒なことがあります(笑)。
それでも、
「やってみたいな」
と思ったことは、できる範囲でやってみる。
最近のわたしは、そんなふうにしています。
ブログもそう。
YouTubeもそう。
動画編集を始めたのもそう。
今までだったら、
「今さら始めても……」
と思っていたかもしれません。
でも、今は、
「やってみたいなら、やってみればいいじゃん」
くらいに思えるようになりました。
上手くできるかどうかは、そのあと考えればいい。
誰かと同じペースじゃなくてもいい。
自分のペースで進めばいい。
ナマケモノの話を読んで、そんなことをあらためて考えました。
益田ミリさんの本を翻訳していると知って、ちょっと興奮(笑)
そして、この本を読んでいて、もう一つうれしい発見がありました。
わたしの大好きな作家、益田ミリさんの本を、クォン・ナミさんが翻訳していたんです。
これを知ったときは、
「えっ!そうなの⁉」
と、ちょっと興奮しました(笑)。
本を読んでいると、こういう思いがけない発見があるからおもしろい。
それまで知らなかった作家と、好きな作家が思わぬところでつながっている。
こういうのも、読書の楽しみの一つだと思います。
そして、そこから翻訳という仕事にも興味をもちました。
翻訳って、単純に外国語を日本語に、日本語を外国語に置き換える仕事ではないんですよね。
その国の文化や生活、考えかた、言葉のニュアンスまで理解しないと、本当に伝わる文章にはならない。
そう考えると、
翻訳って、思っていた以上に奥が深い仕事なんだな。
と感じました。
この本を読まなかったら、そんなことを考えることもなかったかもしれません。
本を読んだら、フィンランドに行きたくなった(笑)
そして、もう一つ。
この本を読んでいたら、
フィンランドに行きたくなりました(笑)。
本を読んでいただけなのに、いつの間にか頭の中でフィンランド旅行を想像していました。
北欧の景色を見てみたい。
街を歩いてみたい。
現地の空気を感じてみたい。
……なんて考えていたら、旅行に行きたい気持ちがどんどん膨らんでしまいました。
ちなみにわたしは、たぶんパックツアー派。
自分で手配して自由に旅するより、
「はい、次はこちらですよ~」
と連れて行ってもらいたい(笑)。
本を読んで、旅行に行きたくなる。
これも読書の思わぬ副作用ですね。
「この人生、そこまで駄作ってわけじゃないな。」
この本を読んで、一番心に残った言葉。
この人生、そこまで駄作ってわけじゃないな。
(クォン・ナミ『面倒だけど、幸せになってみようか』より)
なんだか、この言葉がすごく好きです。
「わたしの人生、最高!」でもなく、
「毎日幸せ!」でもない。
ましてや、「人生は素晴らしい!」と無理やり前向きになるわけでもない。
ただ、
「そこまで駄作ってわけじゃないな。」
なんです。
人生って、たぶんそんなものなのかもしれません。
思い通りにならないこともある。
「あのとき、違う選択をしていたら」と思うこともある。
失敗したこともある。
後悔だってある。
それでも、振り返ってみれば、楽しかったこともあった。
うれしかったこともあった。
大切な人との出会いもあった。
そして、これから先には、まだ知らない出会いもある。
そう考えたら、
「まあ、わたしの人生も、そこまで悪くないんじゃない?」
と思えてきます。
面倒だけど、幸せになってみようか
「幸せになる」って、何か特別なことをすることじゃないのかもしれません。
自分がやってみたいことを、少しやってみる。
気になっていた本を読んでみる。
行ってみたい場所を調べてみる。
好きなものを「好き」と言ってみる。
人と比べるのを、ちょっとやめてみる。
そういう小さなことの積み重ねなのかもしれません。
もちろん、それだって面倒な日もある。
何もしたくない日もある。
それでも、いつかまた少し動きたくなったら動けばいい。
50代のわたしの人生。
残りがどれくらいあるのかはわからないけれど、まだ「出会いの矢印」は残っているのかもしれません。
これからどんな人に出会うのか。
どんなことが起こるのか。
どんなことを始めるのか。
まだわからないからこそ、ちょっと楽しみでもあります。
そして、今のわたしはこう思います。
この人生、そこまで駄作ってわけじゃないな。
だから、
面倒だけど、幸せになってみようか。
そんな気持ちで、これからも自分のペースで、ぼちぼち生きていこうと思います。
今回読んだ本
『面倒だけど、幸せになってみようか』
(著)クォン・ナミ (訳)藤田麗子
人生を大きく変えるような答えをくれる本というより、「まあ、そんなに焦らなくてもいいんじゃない?」と、少し肩の力を抜かせてくれるような一冊でした。
50代になって、これからの人生をどう生きようかな、と考えている人には、ぜひ読んでみてほしい本です。
『面倒だけど、幸せになってみようか』が気になったかたはこちらからチェックできます。👇


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