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【介護体験記 第2章 #17】少しずつ、でも急激に変わっていった父【トイレの変化編】

父の介護記録

こんにちは。
50代独身、実家暮らしのいさこです。

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認知症になったからといって、すぐに何もできなくなるわけではありません。

父も、認知症の初期のころは、自分でトイレに行っていました。

もちろん、今振り返れば「少し変だったな」と思うことはありました。

トイレの電気を消し忘れる。

トイレをしたあと、流し忘れる。

最初は、その程度でした。

当時のわたしは、それを「認知症の症状」とはっきり結びつけていたわけではありません。

家族の手を借りずにトイレに行けていたので、まだ大丈夫だと思っていたんです。

夜中も一人でトイレに行っていた父

夜中に尿意を感じれば、父は一人でトイレに行っていました。

両親の寝室からトイレへ行くには、わたしの部屋の前を通ります。

だから夜中、父がトイレに行くと、

「今、トイレに行ったんだな」

と、足音やトイレを流す音で気づくことがありました。

そんなある夜のことです。

わたしも夜中に目が覚めて、トイレに行きました。

すると、トイレの床に水たまりがありました。

「?」

何だろうと思ってトイレットペーパーで拭いてみると、それは尿でした。

父しか考えられません。

もしかしたらパジャマや紙パンツも濡れているかもしれない。

そう思って両親の寝室へ行き、母を起こして事情を話しました。

父のパンツを確認してみると、幸い汚れてはいませんでした。

それにしても不思議でした。

水たまりは便器から離れたところにできていたのです。

どうやって、ここに尿が漏れたんだろう。

そのときは、まだ「これから大変になる」ということを、わたしは知りませんでした。

次は「便」が床に落ちていた

そして、次に起こったのは尿だけではありませんでした。

ある夜、トイレに行くと、床に茶色い丸いものが落ちていました。

「えっ?」

よく見ると、便でした。

コロコロした便が2~3個、床に落ちています。

さらに廊下を見ると、どうやらその便を踏んだ跡までありました。

量としては、たいしたことではありません。

でも、夜中にトイレの床と廊下の床を掃除する。

これが、眠いわたしにはかなりの負担でした。

掃除をしているうちに完全に目が覚めてしまい、その後眠れない。

そして朝になれば、仕事に行かなければならない。

今となっては笑い話にできることもあります。

でも、そのときは本当に大変でした。

「トイレについていく」ことにした

そんなことが続くようになり、父がトイレに行くときは、母かわたしが見守るようになりました。

家族とはいえ、トイレはとてもプライベートな場所です。

排泄しているところを見られるのは、父も嫌なんじゃないか。

わたし自身も、最初はそう思いました。

でも、トイレが汚れてしまい、あとから掃除をすることを考えると、そんなことも言っていられません。

父がトイレに向かって歩いていくと、母かわたしが後ろからついていく。

最初は、それだけでした。

「見守り」から「介助」へ

ところが、少しずつ変化が出てきました。

ズボンやパンツの上げ下げが、うまくできなくなってきたのです。

そこで、わたしたちが手伝うようになりました。

父は紙パンツを履いていましたが、最初のころは尿意や便意を感じると、自分からトイレへ向かっていました。

そのため、紙パンツが汚れることはほとんどありません。

普通のパンツと同じように、一日に一回履き替えるくらいでした。

それが、少しずつ変わっていきました。

トイレまで間に合わず、紙パンツに尿をしてしまうことが増えてきたのです。

とはいえ、紙パンツは2回分くらいの尿なら吸収してくれるので、ズボンまで漏れることはありませんでした。

ただ、汚れるたびに紙パンツを交換するので、当然コスパは悪くなります。

そこで、次に試したのが尿とりパッドでした。

尿とりパッドを使いはじめる

パッドを使うと、ゴワゴワして父が嫌がるんじゃないか。

最初はそんな心配もありました。

でも、父は思っていたほど気にしませんでした。

わたしたちが「これを使おう」と言えば、そのまま受け入れてくれました。

介護の仕事をしていたわたしは、利用者さんがパンツの中に手を入れて、パッドを自分で取ってしまうことがあるのも知っていました。

だから、それを心配していました。

でも、父にはそういうことはありませんでした。

今思えば、これには本当に助けられました。

「お父さん、トイレ行こうか!」

さらに認知症がすすんでいくと、父が自分からトイレへ行くことが少なくなってきました。

そこで、こちらからタイミングを見て声をかけるようになりました。

「お父さん、トイレ行こうか!」

そう声をかけて、トイレまで一緒に歩いて行く。

そのころには、歩く力も少しずつ衰えていました。

最初は手を支えるだけ。

それが、だんだん両手でしっかり支えなければならなくなりました。

そして、ズボンやパンツの上げ下げだけではなく、お尻を拭くこともわたしたちがするようになりました。

父のトイレは、

「見守る」から

「手伝う」へ。

そして、

「介助する」へ。

少しずつ、でも確実に変わっていきました。

そして、一番大変だったのが、「夜」でした

昼間のトイレ介助も大変でした。

でも、わたしが一番悩まされたのは、就寝中の失禁でした。

紙パンツを履いて、その中に尿とりパッドを入れていても、必ず漏れるようになっていったのです。

パジャマの上下まで濡れる。

シーツまで濡れる。

そのたびに、父を起こして着替えさせ、シーツを交換する。

それが夜中に何度も起こるようになりました。

特に冬は、本当に大変でした。

濡れたパジャマを脱がせて、温めたタオルで体を拭く。

寒いのでヒーターをつける。

風邪を引かせないように、できるだけ手早く着替えさせる。

最初のころは、

「腕を上げて」

「足を上げて」

と言えば、その通りにしてくれていました。

でも、認知症がすすむにつれて、こちらの言っていることが理解できなくなっていきました。

袖に腕を通してほしいのに、腕に力を入れて引っ込めてしまう。

足を上げてほしいのに、どうしても動かしてくれない。

介助する側からすれば、着替えさせたいだけなのに、思うようにいかない。

母もわたしも、だんだんイライラするようになりました。

そしてわたしは、父に強く叱ってしまうこともありました。

今だからこそ、正直に書きます。

父を叩いてしまったこともあります。

「言うことを聞いてくれないから」というより、介助しているのに力を入れて抵抗されることに、ついイラっとしてしまったのです。

夜中です。

母もわたしも眠い。

それなのに毎日のように失禁対応に追われる。

体力的にも、精神的にも、限界だったのだと思います。

父の腕をパシッと叩いてしまっては、

「なんで叩いちゃったんだろう」

と自己嫌悪に陥る。

本当に最悪でした。

今思えば、わたしは介護うつのような状態になっていたのだと思います。

在宅介護の現実を突きつけられた

認知症がすすんでいくと、昼間はなかなか尿が出ないのに、夜中になるとたっぷり出ることも増えていきました。

「もう、本当に何の嫌がらせなの……」

そう思ってしまうくらいでした。

しかも、一度着替えさせて、

「これでやっと寝られる」

と思った一時間後に、また大量に漏れている。

そして、また着替える。

またシーツ交換。

「これ、いったいいつまで続くんだろう」

何度そう思ったかわかりません。

介護について、頭ではわかっていたつもりでした。

でも、実際に自宅で介護をしてみると、想像していた以上に大変でした。

これが、わたしが思っていた「在宅介護」とは違う、現実の介護でした。

そして父の介護は、トイレに付き添うだけではなくなっていきました。

「排泄をさせる」ことそのものが、毎日の大きな介護になっていったのです。

次回は、そんな夜間の失禁に、わたしたちがどう対応していたのかを書きたいと思います。

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