こんにちは。
50代独身、実家暮らしのいさこです。
認知症の介護をしていると、「ある日突然できなくなった」というより、少しずつ変化していくことのほうが多いのかもしれません。
父もそうでした。
最初は「ちょっと見守れば大丈夫」だったことが、数か月後には手を添えるようになり、気づけば介助が当たり前になっていました。
その変化はゆっくりのようでいて、振り返るととても急激でした。
「まだできる」と思っていた父
父は長い間、自分でトイレに行き、自分で歯を磨き、自分で食事をしていました。
もちろん物忘れは増えていましたが、日常生活の多くは自分でできていたので、わたしたち家族も「まだ大丈夫」と思っていました。
けれど、その「まだ大丈夫」は、少しずつ形を変えていきました。
トイレの変化
最初は夜中にトイレへ行く回数が増えただけでした。
そのうち場所がわからなくなったり、間に合わなかったりすることが増え、見守りが必要になりました。
そして、夜中の失禁。
シーツを替えながら、父自身がいちばん戸惑っていることが伝わってきて、胸が苦しくなったのを覚えています。
歯磨きの変化
歯ブラシを持っていても、磨けていない場所が増えていきました。
「ここだけ磨こうか」と声をかけていたのが、だんだんと介助する範囲が広がり、最後にはすべてを手伝うようになりました。
親の歯を磨く日がくるなんて、以前のわたしは想像していませんでした。
食事の変化
食事も同じでした。
食べこぼしが増え、箸を口まで運ぶのに時間がかかるようになり、途中で食べ方がわからなくなることもありました。
「一口だけ手伝おうか」が、やがて全介助へと変わっていきました。
介護は「できなくなる」ことを受け入れていく時間
父の変化を見ていて感じたのは、介護は相手のできなくなったことを支えるだけでなく、家族がその変化を少しずつ受け入れていく時間でもあるということです。
できなくなるたびに寂しくて、切なくて、でも目の前の父を支えるしかありませんでした。
あのころのわたしは、「前の父」に心が追いついていて、「今の父」を受け入れるのに時間がかかっていたように思います。
これから書いていきたいこと
この記事では、父の変化を大きく振り返りました。
次の記事からは、
・トイレ介助へ変わっていった過程
・歯磨きを手伝うようになった日々
・食事介助が必要になったころのこと
を、一つずつ詳しく書いていこうと思います。
同じように親の介護をしているかたが、「うちだけじゃないんだ」と少しでも感じてもらえたらうれしいです。


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