こんにちは。
50代独身、実家暮らし、絶賛失業中のいさこです。
毎年の検診を続けていたけれど…
5年間の検診おサボり期間を反省してからは、毎年きちんと婦人科を受診し、卵巣のう腫のようすをチェックしていました。
そして2024年9月。
ついに手術を受けることを決意し、手術ができる総合病院への紹介状を書いてもらうことにしました。
通っていた婦人科では手術ができないためです。
紹介状は後日自宅に郵送され、それを受け取って総合病院へ予約の電話を入れ、10月に受診することになりました。
実は1年前に手術をすすめられていた
実はその1年前、2023年の検診の時点で卵巣のう腫は6センチ近くまで大きくなっていました。
先生からは、
「もう手術してもいい大きさだけど、どうする?」
と言われていたんです。
でも、そのときのわたしは手術を1年先延ばしにしました。
手術どころではなかった当時の生活
なぜ先延ばしにしたのか。
理由はとても単純で、手術には1週間ほどの入院が必要だと聞いていたからです。
当時はまだ働いていましたし、自宅では認知症の父の介護もしていました。
正直、自分の入院どころではありませんでした。
先生に、
「手術は来年でも大丈夫でしょうか?」
と相談したところ、
それまでの卵巣のう腫の成長スピードから考えて、急激に大きくなる可能性は低そうとのことで、その年は経過観察を続けることになりました。
頭の片すみにあった『いつか手術しなければ』
とはいえ、手術を先送りにしたからといって問題が解決したわけではありません。
父の介護は続くし、仕事も続く。
毎日の生活を送りながらも、
「いつか手術しなければいけない」
という思いは、ずっと頭の片すみにありました。
父との別れ、そして失業
そんな日々を過ごしていたある時期に、父が亡くなりました。
さらに同じころには、仕事も失うことになりました。
父との別れだけでもつらいのに、その直後に失業まで重なるとは思ってもいませんでした。
まるでドラマのような展開に、自分の気持ちが追いつかず、しばらく落ち込んでいたのを覚えています。
「今なら手術できるかもしれない」
父の葬儀や相続の手続きなどであわただしい日々を過ごし、ようやく少し落ちついたころ。
ふと、
「手術するなら今かもしれない」
と思いました。
仕事をしていない今なら、入院の予定も立てやすい。
そう考えて、婦人科へ行き、総合病院への紹介状を書いてもらうことにしたのです。
今でもときどき思うこと
これは単なるわたしの勝手な思い込みなのですが、
もしかしたら父は、わたしが安心して入院や手術ができるタイミングをつくるために旅立ったのではないか。
そんなことを今でもときどき考えます。
もちろん、父は認知症だったので、わたしの病気のことは何も知らないまま旅立ちました。
それでも、不思議なほど絶妙なタイミングだったなと思わずにはいられないのです。



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